Webパフォーマンスについて

Webパフォーマンスについて記事を書いています。パフォーマンス管理は、品質管理です。ですから計測データを元に記事を書いてます。一緒に「品質の守護者」になりましょう!

「データ」取得に夢中になって遅くなるWebサイトパフォーマンス

「データドリブン」に振り回される人達

最近、仕事の依頼を請けて調査した際に見受けられるのが、調査用の計測タグによる遅延です。

ページビュー計測タグ、コンバージョン計測タグ、Eコマース計測タグ、リンククリック計測タグ、リマーケティング広告タグ、ユーザ行動調査タグ、広告効果測定タグ… 大量の「タグ」が入って、そのタグが遅延を引き起こしています。

日本のサービスを例に出すと角が立つので、海外のサービスを使っている例を出します。
下のWaterfall図は、とある日本のWebサイトが、Webサイトの総合デバッガサービス、Bugsnagを導入していて、それが遅延を引き起こしている例です。約5秒の遅延を引き起こしています。

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 デバッガのサービス自体が遅延を引き起こすというのは、笑うに笑えない事象です。
日本の会社が提供する各種効果測定のサービスも、パフォーマンスにおいては、五十歩百歩です。

この事態に気付いた人達は、それらの高速化も目的として、「タグマネージャー」を導入しています。しかし「タグマネージャー」のサービスそのものが遅延し、Webサイトのパフォーマンスが更に遅延する事象が見受けられます。

最近は、バズワードとして、メディアでの露出が随分と落ち着いてきましたが「データサイエンティスト」や「ビッグデータ活用」が普及したからでしょうか?

職場における成果主義が更に細分化して、費用対効果分析が広く用いられているからでしょうか?

とあるメディア系サイトでは30を超えるサービスが、またとある転職情報系サイトや不動産物件サイトでは20を超えるサービスが入っていました。
そのお客様から伺った話では、部署毎のKPIとして、タグを埋め込んで計測している結果、これだけの数になったそうです。皆さん、データを取得するのがお好きなようです。
しかし、その「データ」は本当に、何かの役に立つのでしょうか?

部分ではなく、全体を見回す重要性

P・F・ドラッカーの著書「テクノロジストの条件: ものづくりが文明をつくる」の中で、以下のような下りがあります。

全体は部分の総計であるとの主張は、デカルトが現れるまでの2000年、数学上の公理とされていた。ところがデカルトは一歩を進め、全体は部分によって規定され、全体は部分を知ることによってのみ知りうるとした。全体の動きは部分の動きによって規定されるとした。さらには、全体は部分の総計、構造、関係を離れて存在しえないとした。

これらの主張は、今日では当たり前に思われるかもしれない。何しろ350年来常識とされてきた公理である。だがはじめて主張されたときは、際立って革新的な発想だった。

しかし今日、これらの主張の残滓こそ時として散見されるものの、かつてのフランス学士院の定義をそのまま使う科学者は一人もいない。今日の科学と芸術は、すでにデカルトの公理とは相容れない世界観を基盤としている。

今日では、あらゆるものが因果から形態へと移行した。あらゆる体系が、部分の総計ではない全体、部分の総計に等しくない全体、部分では識別、認識、測定、予測、移動、理解の不可能な全体というコンセプトを、みずからの中核に位置づけている。つまるところ、今日のあらゆる体系において中核となっているコンセプトは形態である。

 人の行動を探求するのは心理学、昨今では、ビジネスに関するものは行動経済学の分野です。その心理学についても、ドラッカーは同書の中で、引き続き、以下のように書いています。

心理学にしても今日問題としているのは、1910年には心理学用語にさえなっていなかった自我、人格、行動である。これらはすべて全体にかかわるコンセプトであり、全体としてのみ把握することが可能な形態にかかわるコンセプトである。

 これを、社会学者、E・デュルケームは、「全体は部分の総和ではない」と言いました。人間の行動は人間の行動からのみ説明できると。

どんな調査ツールをWebページに仕込んでも、それらは、ユーザの行動の一部分を切り出して可視化したに過ぎません。それらを足しあわせても、例えばコンバージョンに至ったという行動の総和には程遠いのです。

広告効果測定のツールを導入しても、相関を計算することは可能ですが、因果を証明することは出来ません。

想像してみてほしい。ある電子機器メーカーが、新聞に「最新型のデジタル一眼レフカメラで思い出に残る写真を撮ろう」と謳う広告を載せたとする。

広告を読んだあなたは、目前に迫った休暇と、そこで写真を撮る機会に思いを馳せる。では、次にあなたは何をするか?

宣伝に大金を投じる多くの電子機器メーカーは、ここを見誤る。あなたがするのは、そのカメラを見に店に行くことではない。あなたはiPhoneのブラウザを立ち上げる。そして「デジタル一眼レフカメラ」をグーグルで検索して、ユーザーのレビューを読む。

そこであなたは、みんなが絶賛するオンラインショップがあり、そこでは卸売りに近い値段でカメラが買えることを発見する。さらに、写真に詳しい人気ブロガーが、広告とは違うブランドのカメラを薦めていることも発見する。

あなたはツイッターを立ち上げ、「#デジタル一眼レフ #カメラほしい #アドバイス求む」とハッシュタグを入れてツイートする。するとフォロワーたちがリプライを送ってきて、いろいろと教えてくれる。

もうあなたは、カメラを買おうと思ったのは新聞の広告を見たからだということを忘れてしまっている。

ダニエル・プリーストリー ― Oversubscribed(邦題「市場独占マーケティング」ダイレクト出版)

このような事象は、今日誰もが経験している事です。広告と売上に直接の因果関係を見出すのは非常に難しいのです。これは、B2Cに限らず、B2Bも同じです。何かの商品やサービスを購入しようとする場合、必ず、上司や購買部門に、幾つか同じ商品やサービスを提供しているところを調査して比較するようにと言われるからです。

しかし、自社サービスについてどうするかを考えると、こういう事をすっかり忘れてしまう。それが人間というものです。

また、マルコム・グラッドウェルは、著書「ティッピング・ポイント」の中で、人間の行動は自由意志で決められるのではなく、背景の力、つまり周囲の人間関係であったり環境に依存する部分が多いとし「人間の行動は錯綜して不透明なのだ」と書いています。そして、みなさんが人づてに評判を訊く先の人、検索で口コミを探したりする際のその評価を書いている人、Maven(目利きの人)の重要性を解説しています。

いろいろな行動を左右する要因があったとしても、最終的に、購買に至る基準はさほど変わらないと思います。ダニエル・プリーストリーは、その著書の中で、こう書いています。

メーカーがお金を払って広告を出すのは、購入を検討してほしいからだ。しかし、おそらくあなたが買うのは、一番「飛び抜けている」製品だろう。

まさに、この通りではないでしょうか?

ですから、Webページにあれこれ、測定ツールを仕込んで得られたデータから相関関係を調べるより、実際に数多くのユーザに会って、その行動に至った理由について、話を聴く方が遥かに有用な情報を得ることが多いのです。

ペルソナ調査の専門会社Buyer Persona InstituteのCEOであるAdele Revellaは、著書「Buyers Persona」で、実際にユーザに会って、深くヒアリングする重要性を説いています。

「何を見た」「どこをクリックした」「ページ遷移はこうだった」というような、行動の切れ端を見て部分に囚われるよりも、ストーリーとして、行動の背景にあるユーザの意見を直接聴いて全体像を把握した方が価値ある情報を得られると思います。

観察者効果の影響

様々なツールを導入して、ユーザの行動を観察すると、観察者効果により遅延が生じます。

Wikipeidaの記述では、以下のように書かれています。

情報技術における観察者効果とは、プロセス実行中にプロセスの出力を観察する行為によって生じる潜在的影響である。例えば、プロセスの進行状況を記録するためにデータログを採取すると、プロセスは低速になる。さらに、プロセス実行中にそのファイルを見るという行為によって、対象プロセスでI/Oエラーが生じる可能性があり、結果としてプロセスが停止することになる。

 各種測定タグを入れることで、Webサイトのパフォーマンスが影響を受けないということは絶対にありません。計測すればわかります。その遅延時間が、許容範囲にあるかどうかです。そして、その遅延時間は、サービス提供側の品質に依存します。

昨今、広告がWebサイトのパフォーマンスを遅延させることが問題視されていますが、同様に各種測定タグも同じ問題を持っているのです。

もし、何かの測定タグを導入しようという場合に、その会社に「パフォーマンスのSLAはどうなっていますか?」と訊いてみてください。日本のその手のサービスを提供している殆どの会社が答えられないはずです。自社で計測をしていないので、データを持っていないですし、SLAを保証できるはずがないのです。

また各種の測定タグを入れれば入れただけ遅延するため、データを取得する前にユーザがページを遷移してしまったり、離脱してしまい、データが欠損する可能性が増大します。

折角、測定するために導入したのに、データが取れなくなってしまうのでは、本末転倒です。また、その測定タグの導入によって引き起こされた遅延で、ユーザが離脱してしまったのでは、一体何のための測定なのでしょうか。

ブランド・エクスペリエンスとコミュニケーション・デザイン

Webページに現れる、人の行動や意思決定は、そのWebページ上だけで完結してはいません。様々なチャネルを通して得た情報により形成されたものです。その事を理解している会社は、決して、オンライン広告だけに依存しません。必ずチラシや雑誌広告、ダイレクトメール、ラジオCM、TVCMなど、オフライン広告を併用します。

Googleが良い例です。Googleは、オンライン広告の雄ですが、決してオンラインだけに頼らず、AdSenseなどの宣伝にダイレクトメールを活用しています。そして、2011年からずっと全日本DM大賞を受賞し続けています。

ビジネスにおいて、「1」という数字は悪いと言われています。1つのチャネル、1つの方法だけに頼るのは、非常に危険なのです。

そこで大事な考え方が、「ブランド・エクスペリエンス」と「コミュニケーション・デザイン」です。

ブランド・エクスペリエンスとは、実際に使用したか否かにかかわらず、さまざまな接触の機会を通じて、企業や商品・サービスに対する知識、理解、さらには親近感が、消費者の中に蓄積されていくことを指します。

このブランド・エクスペリエンスをどのようにして構築していくのか、それがコミュニケーション・デザインの役割になります。

コミュニケーション・デザインとは、デザインと情報開発が組み合わさったもので、様々な媒体・チャネルを通して、どのようにターゲットする人々とコミュニケーションを取っていくかの設計です。

ブランド・エクスペリエンスを向上させるために、どのような媒体やチャネルを使って、トータルなエコシステムを構築するかをコミュニケーション・デザインで設計するのです。

これは、単にマーケティングだけでなく、セールス設計にも大きく関係するため、通常は、販売戦略を策定して、販売戦術に落とし込み、そしてセールスプロセスへと具体化します。

Webサイトは、このエコシステムの一部分に過ぎません。そこだけ一生懸命にユーザの行動を観測したところで、一体何になると言うのでしょう。

「うちは、Webだけで完結しているんです。だからWebでの測定が大事なんです。」という方もいらっしゃるかもしれません。でも、上述したように、1はビジネスで悪い数字です。Webだけでビジネスが閉じてしまっているのは、そもそも販売戦略に問題ありです。

自分たちのための数値ではなく、ユーザのための数値を取得する

ミクロな視点でデータを分析するためにタグを埋め込み、そのデータを見て一喜一憂することが、本当にユーザのためになることでしょうか? それは、内向きな視野に陥らないでしょうか?

サービスの改善に必要なデータとは、ユーザ体験にとってプラスになる項目です。例えば、designmode.comの掲げているUXのKPIがあります。(DeNA CREATOR BLOGで笠井さんが日本語訳を掲載しています。)

定量的UX KPI

  • タスクの成功率
  • タスクにかかった時間
  • 検索の使用 VS ナビゲーション
  • ユーザエラー率
  • システムユーザビリティスケール

定量的UX KPI

  • 期待とパフォーマンスに関する報告
  • 全体としての満足度

この記事でも、ユーザとの直接のコミュニケーションの重要性が書かれています。

データを取得するためにタグを埋め込むのであれば、自分たちのための数値ではなく、ユーザのための数値を取得しましょう。Webサイトパフォーマンスの観点からすると、埋め込むことのできるタグには限りがあります。

また、定常的にWebサイトのパフォーマンスをエッジ側(ユーザに近い側)から計測して、自社で使っている各種計測タグが遅延要因になっていないかどうかをWaterfall図を用いて監視しましょう。

データドリブンとは、何でもかんでも数値を取得することではありません。
まずはビジネス全体を俯瞰して、要となる部分を見い出し、Webサイトに関しては観察者効果を考慮し本当に必要なデータだけを取得すべきです。