Webサイトパフォーマンス計測業界の振り返り2015
KeynoteからCatchpointへ
紆余曲折あって、今年の9月に、Keynote Systemsから、Catchpoint Systemsへ移りました。
「移った」と言っても、間が空いたし、今はKeynote Systemsという会社は存在しておらず、Dynatraceという会社の一ブランドとしてKeynoteという名前が残るのみです。
ここ数ヶ月、情報発信を控えていたので、今のWebサイトパフォーマンス計測業界はどうなってるんだという最新動向を語ることで、自分の近況も語ることに繋がるかなと思い、表題の内容で書きます。
2013年、Keynote Systemsの売却に始まる業界大再編
Webサイトパフォーマンス計測と云えば、KeynoteとGomezの二社が1位、2位を争ってきたわけですが、変化を齎したのは、2013年の秋、Keynoteの売却でした。
KeynoteのCEOは、Umang Gupta氏というインド人で、1990年代にGupta SoftwareのCEOとして、ソフトバンクの孫さんとジョイント・ベンチャーを設立して日本進出したこともある人です。
Keynoteの創業者ではないですが、早期からCEOを務め、そろそろ20年目を迎えようとしてた時に、突如、投資顧問会社のThoma Bravoに売却しちゃったわけです。
創業20年でのExit
まぁ、理由は色々ありますが、一番は年齢だと思います。60歳を超えていましたし、そろそろ引退を考えるお年頃なんでしょうね。娘さんがご結婚されるということで、Exitしちゃって引退して余生をのんびり過ごしたいと思われたのでしょうか。
彼はKeynoteの一番の個人株主で、私の営業の上司であったシニアVPは二番目の個人株主でした。日本人の私からすると、20年存続しているのに、そこでCEOの世代交代せずに売っちゃうというのは、とても違和感があります。
株価が19ドル前後と低迷していたのを、株主向け・市場向けの情報のアドバイザーとして契約していたThoma Bravoに倍額で売却しました。
これが業界に激震を齎す呼び水となりました。利益率が高く、現金も豊富に持っていて、自社ビルも持っている会社だったんで、売却するというのが、寝耳に水だったわけです。過去にも、色々な会社から買収の話があったにも関わらず、全て断ってきた歴史があるだけに、何故この時点で売却?ということで社員も、外部の人も唖然として驚いたのです。
まぁ、ワンマンCEOだったので、今にして思えば、あの人ならあり得るかもね…という感じなんですが、個人的には、その決断ってどうなのさ?とは思います。社内で、その売却が良い結果になったと思ってる人は、ほぼ居ないですし。
Compuware売却の噂
そんな最中、またも業界を驚かせるニュースが入ります。Compuwareの身売りの噂です。2009年に、APM(Application Performance Management)業界の大手であるCompuwareはGomezを$295M(約295億円、1ドル100円換算)で買収して傘下に収めていたのです。当時、Compuwareも株価が11ドル前後と低迷していました。しかし、Keynoteの10倍以上の規模の会社です。買える会社は限られています。当時は、IBM、HP、BMC Softwareのいずれかしか買えないだろうと目されていました。
2014年、Compuwareの買収劇
離散するKeynoteのコアメンバー
2014年になり、Keynoteの経営陣が徐々に入れ替わり、また解雇が始まります。そして、計測拠点の見直しが入ったところで、社員の間で「売る支度が始まった」という見方が大勢を占めます。Thoma Bravoは、Keynoteの買収のために100億円以上を銀行から融資してもらって調達しており、利子もそれなりにかかります。人を解雇したり、コストカットだけに専念し、投資にお金を回さないのは、利益率をより良く見えるようにして、他へ売却するための常套手段です。
新しい経営陣の動きを見て、一斉に、才能ある人達がKeynoteを辞めていきます。営業、マーケティング、開発、セールスエンジニア…
インド、ヨーロッパのメンバーはほぼ解雇され、オフィスも閉鎖となりました。そして、日本も私に、携帯網テストの子会社Keynote SIGOSに移るか、どこか日本の代理店を開拓して、そちらに就職するようにと通達が来ます。
携帯網テストは自分がやりたい分野ではないので、Keynote SIGOSには、携帯網通信テストの分野で著名な友人を紹介しました。彼は、現在、SIGOSの一員として世界を飛び回っています。
Keynoteの代理店開拓は、Keynoteが身売りモードなので、その状態でお願いするのは無責任なので断りました。もちろん、日本の代理店を開拓して、そこに入社するというのは論外です。それも断って辞めることにしました。
そこに、新興のWebサイトパフォーマンス計測会社のCatchpoint Systemsが、来ないかと声を掛けてきてくれました。
すると、辞めたKeynote Systemsの経営陣の人達が、「あいつだけは手放すな」と新しい経営陣に言ってくれました。それで、新しい経営陣も考えなおし、日本に関しては、私が自分の会社を立ち上げて、そこでKeynoteの日本の業務を引き継ぐというところで落ち着いたわけです。
Thoma Bravo、Compuwareを$2.4Bで買収
2013年から噂されていたCompuwareの売却ですが、2014年9月1日、業界を驚かせるニュースが届きます。なんと、Thoma Broavoが$2.4B(約2兆400億円、1ドル100円換算)で買収したのです。つまり、Webパフォーマンス計測業界の1位と2位の会社が、同じ株主の所有となったわけです。
この買収により、KeynoteとCompuwareのWebサイトパフォーマンスの計測サービスの統合は、誰の目にも明らかでした。同じサービスについて、2つの仕組みを持つ必要性、競わせる必要性は無いからです。
2015年、更なる買収劇
SolarWinds、Pingdomを買収
年が明けて間もなく、1月16日、またもや買収のニュースが入ります。ネットワークパフォーマンス監視やAPMのサービスを展開しているテキサス州に本社を置くSolarWindsが、RUM(Real User Monitoring)サービスを展開するPingdomを買収します。
Pingdomは、日本でも、その価格の安さ故に導入しているところが多いと思います。
ちょくちょく、Pingdomの使い方やメリット、使用感などを書いた日本の技術者の方が書いた記事も拝見しています。
Keynoteの消滅
Keynote Systemsは、ThomaBravoの買収後、NASDAQの上場を廃止し、プライベートカンパニー(非上場企業)Keynote LLCとして営業していました。2015年7月、CompuwareのAPM部門とWebパフォーマンス計測部門が切り離され、Webパフォーマンス部門はKeynoteを吸収し、Dynatraceという会社になると発表されます。
これによって、Keynoteという会社は20年に及ぶ歴史を閉じる事になりました。
Keynote社内では、Compuware GomezのサービスがKeynoteに統合されると目されていました。というのも、Compuware Gomezのサービスのコアとなる開発は2011年の時点で開発チームが解雇されて、ほぼメンテナンスモードになっていたからです。
しかし、ThomaBravoは、Keynoteのシステムを新会社Dynatraceに移し、Compuware Gomezの顧客を移行させるという決断をしたわけです。
これにより、Keynoteのコアとなる開発チームで残っていた人たちが辞めてしまいました。
Catchpointにjoinする
それで、私はというと、1月ぐらいからKeynoteから契約外の費用を請求されるとか、Keynoteからの支払いが遅れるとかあったし、優秀な人が辞めてしまって仕事ぶりに問題が多くなったし、Dynatraceの日本法人があるので、直接技術情報が得られる立場でもなくなったので、Keynoteとの契約を解除することにしました。
データを取得できなければ、パフォーマンスエンジニアは手足をもがれたも同然です。
そのデータは、何でも良いわけじゃないです。正しい方法で取得されたデータでなければ、クズデータです。クズデータを分析したって、クズな結果しか出ません。
私が、パフォーマンスエンジニアとして仕事を続けるためには、以下の条件を満たしている計測サービスである必要がありました。
- 実験計画法に基づいた計測手法を用いている
これは、実験計画法の3原則、
- 局所管理化
- 反復
- 無作為化
- 携帯網を使った計測ノードを展開している
スマートフォンサイトの計測が携帯網で、且つ、実験計画法に基いて出来ないと、日本でビジネスにならないので。 - Waterfall図が取得できる
詳細分析をしていって、ボトルネックを判別する上で、Waterfall図が取得できないと何も原因が特定できません。原因が特定できない計測は意味がないので。 - 動線計測が出来る
単ページ計測には意味がないので。ユーザが辿る典型的なページ遷移の最初から終わりまでを測らないと、ユーザが体験している速度の全体像は分からないです。 - 日本国内に計測ノードを展開している
日本でビジネスする上で、必須。海外のノードからの計測では、全く値が異なるので、分析の意味がないので。
これらの条件を勘案すると、色々なWebサイトパフォーマンス計測会社からオファーは貰っていたのですが、行けるところは限られています。全てを満たしているのは、Catchpointしか無かったのです。
2015年になり、Catchpointには、更に、元Keynote、元Compuwareのメンバーが続々と集っていました。その人達が私を更に推薦してくれました。また、Keynoteでの技術面の元の上司が、「お前はCatchpointに行くべきだ」と強く推してくれました。この人は、1980年代にCIAのためにC++でミサイルの追尾プログラムを書いていたという伝説の人で、私がとても尊敬している人の一人です。
また、アメリカの企業が続々とCatchpointへ乗り移っているというのも重要な決め手でした。Google、eBay、Microsoft、LinkedIn、Salesforce、Adobe、Pinterestといったオンラインサービスを展開している企業、Akamai、CDNetworks、Fastly、MaxCDNといったCDNサービス、Huffington Post、Fox Broadcasting、Heastといったメディア企業、Wikipediaも移りました。
Catchpointは、元DoubleClickのサービス品質担当VPだったMehdi DaoudhiがGoogleのメンバーと一緒に立ち上げた企業です。元々、DoubleClickでKeynoteやGomezのユーザとして計測サービスを使っていたのですが、色々な改善要望や機能実装を要求しても受け入れてもらえなかったので、だったら自分でそういう計測会社をつくるよって言って2008年に創業しました。
創業したからといって、すぐにサービスが開始できるわけはなく、サービスの開発のために2年間の歳月と、20億円の開発費を投じています。ですので、実際のサービス開始は、2010年4月です。
彼は、DoubleClickがGoogleに買収された後、Googleでもサービス品質担当VPを務めていました。ですので、品質管理としてのWebサイトパフォーマンス計測という話をして、とても話が合ったし、Exitは考えていない、この会社を大きくしていくんだという話だったので、joinしようと最終的に決めて、9月からCatchpointで働き始めています。
Thoma Bravo、SolarWindsを買収
今年の10月下旬、Thoma Bravoが投資会社のSilver Lakeと共同でSolarWindsを$4.5B(約4兆5千億円、1ドル100円換算)で買収というニュースが入りました。
というわけで、RUMを提供しているPingdomは、Dynatraceの提供するRUMと統合されるでしょう。SolarWindsの提供するAPMは、Compuwareと統合されるでしょう。
今後の展開
来年も、Thoma Bravoによる買収で業界の統合・再編が進むのかどうかは、一つの見どころです。
RUM(Real User Monitoring)を提供する会社は、雨後の筍の如く、次から次へと起業しています。理由は簡単で、インフラ投資があまり必要ないからです。Yahoo!がオープンソースとして提供しているBoomerangを使えば、もしくは、自分でブラウザのAPIを叩くJavaScriptを書けば、誰でもRUMのデータは取得可能です。(これはこれで、別途、記事を書きたいと思っています。)
Synthetic Monitoring(合成監視・計測)と呼ばれる、実験計画法に基づいた計測サービスは、インフラ投資がかなり必要になります。各国の主要都市でマーケットシェアの高い回線を選んで通信しなければなりませんし、データセンターの料金もかかります。計測環境を統一するために、ハイスペックのマシンを用意し、計測用のソフトウェアの開発も継続的に行わないといけないからです。
また取得されたデータ量は膨大で、Keynoteは、Oracleの世界最大のユーザでした。爆発的に増大し続ける計測データをどのように保存するのかは、非常に難しく、インフラ的にもお金のかかる問題です。Catchpointは後発なのが幸いして、RDBは使っておらず、Key-Valueベースのデータベースを使っています。
ですから、「ハイパフォーマンスWebサイト」(オライリー・ジャパン)で有名なSteve Soudersは、CDNのFasltyを辞めて、今年、SpeedCurveという計測会社を立ち上げましたが、AWSを使っています。しかし、それでは計測拠点が限られてますし、回線もAWSが使っているものだけに限定されます。何より、携帯網の計測が出来ません。
来年の日本のWebサイトパフォーマンス
今年は、越境ECが一つのバズワードとして流行りました。今後も海外向けのサービス・商品販売をしていく企業が増えていくと思います。そこで、パフォーマンスの重要性に気づくのかなと期待しています。今、いくつか越境ECをやっているサイトを計測していますが、酷い状態です。表示開始までに平均16秒とかかかっていたり。
あと、東京オリンピックの開催が近づいているので、その需要を見越して、海外向けの情報発信サイトも増えています。やっぱり、パフォーマンスは酷い。見てくれている人は相当我慢して見てるという事実に気づけるかどうかが、商売上の鍵を握るでしょう。
来年は、日本でも品質管理としてのWebサイトパフォーマンスの計測の重要性がもっと認知されることを願っています。そうじゃないと、海外勢に絶対勝てないし。
そういう意味では、未だに「Webサイトパフォーマンス改善のベストプラクティス」とか書いてる人は、そういうのを書くのを止めて欲しい。Steve Soudersの本の内容をそのまま書いてたりとか。もうベストプラクティスではないから。
そういうのを書くのは、日本のWeb業界に間違った情報を流してる、足を引っ張っているということに気付いて欲しい。
例えばね、画像は、正しいインフラ構築してれば、大してボトルネックにはならないですよ。どういうのがマズいかというと、例えばディスクをNFSマウントして配信してるとか。そういうのって、ちゃんと計測データを見て、分析すれば、一目瞭然なんですよ。なのに、画像サイズを小さくしろとか、書いてるのを見ると、何だかなと思います。
Webサイトは一つひとつ違うし、インターネットの中は複雑だし、Webページは沢山のドメインからパーツを引っ張ってきていて、複雑系の極みで、計測しないと、実際のところ、何がボトルネックなのかは分からないですよ。
個人的に振り返っての感想
Webサイトパフォーマンスとは関係ない話なんですが、吸収合併されると、その企業が持っているエッジが失われる。それを痛感しています。
世界的なプロフェッショナルファームである、オランダのKPMGが700件の吸収合併について調査したところ、その内83%は株主価値を全く生み出さなかったそうです。
(「決定力 ― 正解を導く4つのプロセス」チップ・ハース&ダン・ハース著、早川書房)
そりゃそうだよね、今まで、その企業が市場で生き残るかどうか、競争しているからこそ、エッジが磨かれているわけで。
他のITの製品やサービスを見ても、吸収合併後に輝きを失ったものは多い。
吸収合併は、エッジの尖ったサービスの選択肢が減るということで社会的にも、株主利益の観点でも、良いことではないのではないかと考える今日この頃です。